百名山#27 名杖諏訪原 磐梯山にて散る


形あるものは必ず壊れる。
それが世の常であるし、この自分の肉体も同様である。

2024年5月5日の出会いから2年弱を経過したこの日、
148の百名城・続百名城と、
27の百名山を共に歩んだ相棒・名杖諏訪原は散った。

2026年3月28日。

週末は天気がいいらしく、
長野の焼岳(火山レベル1まで減った)に行くか、東北福島に行くか迷っていた。
2日で百名山2か所登れるのなら、と福島へ。

夜中の3:50には家を出て、到着が8:30。
途中、5:13都賀西方、朝飯摂取、6:28那須高原、8:00には道の駅猪苗代に到着していた。

磐梯山は、数年前にデミオを手に入れたとき喜び勇んで車を走らせた思い出の地。
裏磐梯 五色沼をおっかなびっくり、熊に遭いませんようにと散策したんだった。
道の駅猪苗代は夜中、星がとてもきれいな場所だった。

磐梯山は百数十年前という短い昔に噴火して湖を作り、木々を生えさせたと前回の訪問で学んだのだった。
その山に登る日が来るとは。

登山口は扇島登山口というルートで行く。3日前に登った人がYAMAPにいるから。

王道は猪苗代駅から登って北(裏磐梯)へ突っ切るパターンの模様。

さて、登山口への道の途中、どうしても超えられない残雪の塊があった。
均等に、車道いっぱいに雪が塞いでいればいいものを中途半端に段差を持っているので、クラウンは下をこすって上がれない。
ハスラーだったら難なく越えられるんだけどな。

登山口付近の駐車場をあきらめ、広くなっている路肩に車を停めて歩みを進める。
気温が高くなってきているので、前回四阿山で使おうと背負って行ったワカンの出番があるかもしれない。

(山の写真は適宜YAMAPを見てね https://yamap.com/activities/47076084

8:55登頂開始。
登る手前で散歩をされている地元の方に遭遇。
もう9時近かったからか、「これから登るの!?」とややおどろかれたが、
「登山道はズボズボ(踏み抜きがある)だよ。隣のスキー場の方が登りやすいよ」
と教えてくださった。
隣にスキー場・・・営業してたら登れないんじゃないか?
と思ったが現場に到着したら納得。
雪が少なく、営業している様子がない。
むしろ、、、、
雪が多い時期でも営業しているのだろうか?
という寂れ具合。

ややズボズボするものの、それほど苦も無く営業していないスキーリフトのてっぺんに到達した。
ゲレンデをてくてく登るのだが、振り返るとそこには猪苗代湖が。

霧というか靄がかかっていてすっきりと見えない。
天気予報は土曜が晴れで日曜は少し霧ということだったが、
この辺はいつもこんな感じのような気がしている。

スキー場のゲレンデから登山道に戻り登りだすと、
こりゃあかなりの急登だな、と感じた。
撮った写真も水平を保っているはずなのに木々が斜めに生えている。

アイゼン装着をしたのが、高度1240m。
アイゼンつけてからは信じられないような急登が続く、
感覚としては70~80度なんだけど実際は45度程度なんだろうな。
ピッケルがこんなに短いのはこの角度を登るためなんだという納得をした。
磐梯山の高さは1816m。
登りは、正直言って身体的にはキツイが滑落という危険が下りより少ない。
たまに、道を外れると谷に落ちそうな場面はあったものの即滑落という危険はない。
が、残雪期の山、山頂手前では雪が途切れたりしてアイゼンでの歩行が困難な場面もあり、
かつ踏み抜き後があったりして歩くのが難しいなと思った。

それでも歯を食いしばり山頂に登頂したのは12:41。

3時間40分と、頂上まで到達する時間としては八経ヶ岳より早いタイミング。
天気も悪くないが、猪苗代湖方面は霞がかっていてすっきりはしない。
猪苗代湖方面に向かって右手の山々は美しく見えている。
頂上ではいつものホットコーヒーと、カップヌードルを食して下山に向けた体力回復を行う。

そうそう、頂上に登り切ったときには裏磐梯か猪苗代駅から登ってこられた団体さんがいて、お姉さんから「え~ そっち側から登ってきている人がいる~!」という声をかけられた。

どうも。という感じである。
そういや人間の(足跡の)トレースは全くなくて、そういう雪山を登るのは初めてだったかもしれない。
3日前に登った人がいるはずのYAMAPを検索しても、記録が出てこない。
幻を見たのかなあ。。。俺以外の記録、25年11月が最後なんだよね。。

さて、降りる時が来たが、
降りれるのかなあ、あんな急坂。
でも降りないと車に戻れないしな、
ということで13:46下山開始。
気合の、アイゼン+ワカンデビューである。

が。

ワカンは急斜面を下るには到底向いてなかった。
しかし結構な局面で踏み抜きもあるし、
雪が途切れる場面もあったので、ワカンを2度3度と付け外す羽目になった。

それでも急斜面はワカン+アイゼンで下ったら、
これは俺の技量不足によるものだけども斜面にしっかりと食い込みすることができずあっという間に落ちて(滑落して)しまった。
5mくらい。

とっさに右手に持っている諏訪原を斜面に突き刺したが、節のところがポッキリ折れてしまい再滑落。
幸い優しい木のところで止まってくれたが、
5m上の斜面まで折れた諏訪原を拾いに登り返さないといけない。

置いていけるはずがない、百名城続百名城、そしてこの百名山27座すべてを共にした相棒である。
亡骸は拾い集めて部屋に飾るんだ、その一心で登り返し、斜面に刺さった諏訪原を引き抜こうとするものの、抜けない。
なぜかというと斜面に対して空を向いて斜めに刺さっているものだから登り返しが足りないと抜けないのである。
が、これ以上登り返せないという状態。
再々滑落もあり得る状況、何とか諏訪原の刺さっている下部をピッケルで掘り、折れた下半身の諏訪原を引き抜いた。

それから同じような滑落を2度繰り返し、そのたびに木に引っかかって止まった。
4度目か、3度目かの滑落の時左手に持っていたピッケルと手をつなぐ自家製リーシュが離れ、ピッケルが斜面に置き去りになってしまった。

今度こそ万事休す、と思われたが、根性で引き抜いた諏訪原の下半身を斜面に突き刺し滑落を止めることができた。
最後の、諏訪原に命を救われた場面である。
あの時無理して引き抜いてこなければ身体を止めるものは自然の木々しかなかった。

命からがら滑落地帯を抜けたが、待っていたのはあり得ないくらいの段差のトラバース。
おそらく夏の時には鎖がかかっているはずの場所で、雪に埋もれてそれがみえない。
慎重にアイゼンを斜面にキックして入れて、なんとか降り渡った。

途中、磐越西線を通るSLを撮影しに来たという撮り鉄の2人組に出会ったが、
恐ろしいことに彼らがカメラを構えていたのは、上述のトラバース地点より上の場所だった。

初ワカンの効果は、スキー場のゲレンデを下るときに発揮されたが、正直なところそこまではアイゼンのみで下るべきだった。
あきらかにズボりを恐れすぎた弊害である。

下山できたのは16時を過ぎていたころ。登りと同じくらい下山の時間がかかるという扇島登山道、恐るべしである。
特に冬の時期はお勧めできない。
5度の滑落、それぞれ5mで済んでいるが、身体を留めるピッケルが無ければ何メートル落ちていたのかわからない。

また、木の杖は結局身体を支えるほど強度が高いものではないので、早晩折れる運命にあった。

諏訪原を帯同して登山しているさなかにも、「自分の体重を支えられないもの(木の枝)を使ってはいけないよ」とささやく人がいた。
完全に無視を決め込んでいたが、今ではその意味が分かる。
折れると命にかかわる場面で、使ってはいけない。
早々にその身の滅びを以て諏訪原は俺に教えてくれた。
もう、お前が行く困難な場所には俺は重荷すぎるよ、と。

これまでの栄光と俺の身を助けてくれた功績が色あせることは全くない。

折れた諏訪原はつなぎ合わせて、老後の散歩用の杖にするまで、自室に飾っていようと思う。
そんなこんなで下山完了。

冬の残雪期の雪山シリーズ、7座目になるが(金峰山、瑞牆山、八経ヶ岳、蓼科山、恵那山、四阿山、磐梯山)、
間違いなく八経ヶ岳に続く2番目の地獄登山だった。
そもそも下りで滑落すること自体が初めての経験。
どこまで落ちていくのか、現実と夢遊の紙一重で、この延長線上に死があることを痛烈に認識した。

諏訪原は死んだ。俺の代わりに。
だが彼の功績は色褪せることはない。
ありがとう、諏訪原。

百名山 27 残り 73

You may also like...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

1 × 3 =